ジャズ・ヴォーカルの誕生

ヴォーカルの誕生

Add: imyzyl18 - Date: 2020-12-05 15:07:46 - Views: 1411 - Clicks: 8485

Jazz/ジャズビリー・ホリデイ/エラ・フィッツジェラルド/ミルドレッド・ベイリー/リー・ワイリ『ジャズ・ヴォーカルの. 女性ジャズ・ヴォーカル(1)―ヘレン・メリル 女性ヴォーカル 前回まで、ジャズにおける楽器編成についての話を続けたが、ここからは少し視座を変え、それら楽器の演奏者の方に注目し、主な楽器ごとに、代表的アーティストをご紹介していこうと思う。. ジャズヴォーカルが聴きたい ジャズを聴いてみたい、でもインスト(歌のないやつ)は苦手、といっても何を聴いたらいいのかわからないという人は多いと思います。 そこで、初心者でも聴きやすいジャズヴォーカルアルバムを挙げてみたいと思います。 フランク・シナトラ Songs for Young Lovers. ジャズヴォーカルを検索できます。 ※在庫がない場合は検索結果が表示されません。また、お探しのアーティストが一覧に. あなたはビートルズの音楽って古いと思いますか?ビートルズが活動していた期間は1962〜69年の7年間なのですが、1960年代って50年も前だし古く感じる方が多いと思います。 しかしジャズが生まれたのはもっともっと古いです。ジャズが生まれた正確な年はわかっていませんが、1900〜1905年ごろにはジャズの基礎となる部分が完成されたと言います。現在から100年以上も前なのです。ビートルズよりも50年以上も前のことなのですね。 そんなジャズが誕生した街がアメリカのルイジアナ州、ニューオリンズだったのです。ニューオリンズはアメリカの南部の街で、アフリカ系の黒人も多かったといいます。南北戦争が終わり黒人の奴隷制度が解放されたのですが、黒人は仕事を探さなければならない状態でした。 ニューオリンズは南部きっての歓楽街として栄えていたこともあり、黒人たちはその歓楽街で演奏をしてお金を稼いでいたことがジャズの誕生へと繋がっていきます。ニューオリンズでは兵士による楽団があり、楽器も手に入れやすかったことがニューオリンズで音楽が栄えた要因の一つでしょう。 ニューオリンズの楽団による音楽は、ニューオリンズ・ブラスバンドと言われ、バスドラムやスネアなどの打楽器やサックス、トロンボーンなどの管楽器から構成されていました。 「この楽器の組み合わせって、ジャズじゃない??」 実はこのニューオリンズ・ブラスバンドで使われていた楽器が黒人たちが扱う楽器となり、ジャズへと発展していくのです。.

今日は、私個人のお話し。 10代半ばからダンサーを目指して、20代前半ではダンサーに。その後複数回の結婚や出産を経験しつつ、28歳から始めたダンス講師も、2. ジャズヴォーカル 越智美保代さんのブログです。最近の記事は「10/6/火 ビッグバンドジャズヴォーカル配信(画像あり. ジャズの生まれた街ニューオリンズでは、南北戦争などの背景があり、ジャズへの架け橋へとなっていくことがわかりましたね。しかしまだ黒人が楽器を持った段階で、ジャズにはなっていません。 ここからはどのようにジャズという音楽ができたのか、ジャズを構成する音楽要素を見ていきましょう。. ジャズヴォーカル|ジャズ コンビニ受け取り送料無料! Pontaポイント使えます! 支払い方法、配送方法もいろいろ選べ. とまあ、個人的ビートルズ体験を書き連ねてきましたが、やはり大きかったのは、1966年のビートルズ来日公演を観ていることです。こう書くと「やはり相当熱心なファンじゃないか」と思われるかもしれませんが、そうでもないのですね。タネを明かせば、父親がどこかからビートルズ武道館公演のチケットをもらってきて、「おい、おまえ行かないか」ということだったのです。 ところが、私はこの公演ではさほど「熱狂」しなかったのですね。事前に予想されたファンの騒乱を避けるためか、武道館の1階フロアは立ち入り禁止で、まるで動物園の象の檻のように1階から高いステージを立ち上げ、私たち観客は2階席から、あたかも「空堀」を隔てるようにしてぴょんぴょん飛び跳ね演奏する豆粒のようなポールやジョンを眺めたのでした。 今のように巨大なプロジェクターで演奏シーンが映し出されるわけではないので、この「距離感」は決定的でした。また、当時は音響装置もあまり良くなく、これも感興を削ぐ要因だったように思います。 しかしこの体験は、かえってビートルズに対する関心を高めたのです。というのも、アルバムで聴く彼らの素晴らしさとの「落差」を確認しようと、今まで以上に真剣に彼らの音楽を聴くようになったからです。 とりわけその後発売されたアルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』に収録されていたポール作曲の「フール・オン・ザ・ヒル」や、ジョンの「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」には感心させられました。明らかに「それまでのロック・ミュージックの歴史」を書き換える斬新な響きがこれらの楽曲にはあったのです。このあたりからですね、私が本格的なビートルズ・ファンになったのは。.

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【ジャズヴォーカル】最新の商品情報 ジャズの奥深さを知る永遠のスタンダードソング、ブルースフィーリング溢れる珠玉のバラッド、キャッチ―なメロディで聴かせるジャジーポップなど、入門編にも最適なジャズヴォーカルの最新商品情報はこちらで. ジャズの歴史は100年を超え、ジャズ・ヴォーカルの歴史もまた同様です。 その長い歴史の中でジャズ・ヴォーカルはどう変わってきたのか。 現在のシーンを沸かせている人気ジャズ・ヴォーカリストたちの歌声から、ヴォーカル・スタイルの変遷、また. ジャズ(英: jazz )は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ合衆国南部の都市を中心に発生した音楽ジャンル。 西洋楽器を用いた高度なヨーロッパ音楽の技術と理論、およびアフリカ系アメリカ人の独特のリズム感覚と民俗音楽とが融合して生まれた。. See full list on jazz. . Amazonで雅洋, 後藤の一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500 (小学館新書)。アマゾンならポイント還元本が多数。雅洋, 後藤作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. .

こうした「ジャズ史」を1940年代半ばから70年代前半のスパンで切り取ってみると、たしかに「フュージョンは、ジャズから派生したひとつの独立した音楽ジャンル」のようにも見えるのです。 しかしジャズ史をもっと大きな目で眺めると、19世紀末にアメリカ、ニューオルリンズで起こったとされる「ジャズ」は、もともとがラテン系の音楽と白人由来の音楽をもとにして、おもに黒人たちが生み出した混交音楽=元祖フュージョン・ミュージックだったのですね。 そうした「雑多な要素」を含んだ初期の「ジャズ」に、現在に至る大きな道筋を与えたのが「ジャズの父」とも称えられたトランペット奏者、ルイ・アームストロングなのでした。彼はニューオルリンズ・ジャズの伝統を受け継いだ「大衆音楽としてのジャズ」を、のちの時代にも受け継がれる個性的な音楽ジャンルに育て上げたのです。ちなみに初期のニューオルリンズ・ジャズでは「集団即興演奏」=チーム・プレイが行なわれていたともいわれています。 そしてパーカーとともに“ビ・バップ”を勃興させたトランぺッター、ディジー・ガレスピーは、大衆音楽としてのジャズというルイ以来の芸能的要素を追求すると同時に、ラテン・ミュージシャンたちとも積極的に共演し、融合音楽としてのジャズの道を探ってもいたのです。 つまり、ジャズ発祥の19世紀末から21世紀の現在までの長いスパンで眺めれば、“フュージョン”は立派に「混交音楽としての、大衆音楽としての、そしてチームの音楽としてのジャズ」の枠組みに収まるのです。 文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ) 日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。 ※隔週刊CDつきマガジン『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)の第41号「フュージョン・ジャズ・ヴォーカル」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)が発売中です(価格:本体1,200円+税) ※ エラ・フィッツジェラルド|. 商品は中古品のセットになりますが状態は良いものから傷みがあるもの混在しております。 現状品ゆえ再生に支障があるような物も含まれているかもしれませんがご承知おきください。以上 経年物保管品ゆえ 細かい事を気にする方や少しでも不安がある方の 入札は御遠慮下さい。画像をご覧. ここではさまざまな分野で「ジャズ耳」を持つ人たちにジャズ・ヴォーカルのベスト・アルバムを選出していただき、さらに編集部のお勧めを. 山野楽器のジャズヴォーカル教室。初心者から経験者の方まで安心して楽しめるレベルに応じたコース・レッスンを豊富に. 今ではビートルズに象徴されるロック・ミュージックはごく当たり前のものとなっており、特別変わった音楽だとは思われていませんよね。こうしたことは歴史をさかさまに見たときによく起こることで、私なども天才的アルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーがジャズの革新者だということを実感するまで、ずいぶんと時間がかかったものです。 というのも、パーカーの影響を受けたアルト・サックス奏者、ジャッキー・マクリーンやフィル・ウッズのアルバムをパーカーより先に聴いていたので、「パーカーって、マクリーンそっくりだな」などと、とんだ勘違いをしていたものです。 つまり歴史がその人の切り拓いた道に沿って進んでいくと、開拓者のやったことは「当たり前のこと」に見えてしまうのですね。この「当たり前」は、偉大さの証明でもあるのです。 ビートルズ体験に話を戻すと、さっそく私は「抱きしめたい」のシングル盤を購入し、かなり熱心に聴いたものです。しかし最初に買ったビートルズのLPアルバムは、ちょっとマセた従妹に勧められて買った『ラバー・ソウル』で、日本での発売が1966年ですから、ちょうど私が大学に進学した年です。当時LPレコードは高嶺の花で、ふつうの青少年は片面1曲ずつしか収録されていないシングル盤を買うのがやっとだったのです。ですから、初めて買ったビートルズの「アルバム」にはかなり期待を込めていたことを覚えています。 そのときの印象は「ちょっと前のビートルズとは変わってきたな」といったものでした。つまり、初期の「キャント・バイ・ミー・ラヴ」や「ハード・デイズ・ナイト」などの、いかにもシンプルで勢いがいい「ロックンロール」といったハードなイメージが薄れ、今でいう「音楽性」みたいなものが素人耳にも聴きとれたのでした。それを象徴するのがポール・マッカートニーの作った名曲「ミッシェル」でしょうね。 これまでの話をまとめると、私は「ビートルズ世代」そのものではあるのですが、格別熱心なビートルズ・ファンというほどでもないということなのです。そういう「一般人」のひとりである私でさえ、今まで書いた程度のビートルズ体験はもっていることの凄さ、この、彼らの知名度・影響力の大きさは、現在ではちょっとわかりにくいかもしれません。 60年代当時は今に比べ人々の趣味嗜好が細分化されておらず、小学生からおじいさんおばあさんまで、好. 1973年初頭、ブラジル出身のキーボード奏者、エウミール・デオダートが『プレリュード』(CTI)というアルバムを発表しました。この冒頭に、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』をジャズ風にアレンジした楽曲が入っていたのですが、これが大ヒット。アルバムの邦題も『ツァラトゥストラはかく語りき』として発売されたのです。 原曲となったクラシック作品は、68年に公開された名映画監督、スタンリー・キューブリックの話題作『2001年宇宙の旅』の中で使われたので、とくにクラシック・ファンでなくともそのドラマチックで印象的なメロディは頭に入っていたのですね。 ところで、こうしたアルバムはもちろんクラシック作品ではありませんが、また従来のジャズ・アルバムともかなり色合いが異なっていたのです。当時はまだアナログ・レコードの時代でしたが、レコード店はこうした「異色作」を「どこの棚」に入れたらいいか、かなり苦労したようです。デオダートのことを知らない店員さんはタイトルだけで判断し「クラシックの棚」に入れてしまい、お客さんから文句を言われたとか.

ジャズ草創期~新たな音楽を生んだ異文化の融合による「化学反応」~ 米ルイジアナ州の港町、ニューオーリンズで1900年頃に誕生したとされるジャズですが、実際のところ、具体的にどう生まれたのかは現在まではっきりしていません。ただ、一つだけ確実にいえるのは、ニューオーリンズがかつて欧州から移住した人々や欧州系白人と黒人の混血「クレオール」、奴隷制があった時代にアフリカから労働力として強制的に連行された人々など、多種多様な人種が集まり、新たな文化が生まれやすい土地だったということです。 20世紀初頭、米国では過酷な労働を強いられた黒人労働者が怒りや苦悩、不満といった自らの感情を表現する手段として用いた音楽が労働歌、ブルースへと発展しました。これに加えて、ニューオーリンズでは歓楽街「ストーリーヴィル」などのピアニストたちが軽快なタッチで演奏する「ラグタイム」で人気を集め、アフリカ系の人々もトランペット、トロンボーン、クラリネットといった西洋楽器を使ったマーチングバンドによる街頭演奏を行うようになっていました。ジャズが誕生したのは、同時期の様々な音楽がニューオーリンズで発展・融合し強烈な「化学反応」を起こした結果といってもいいと思います。 ニューオーリンズから華やかに羽ばたいた最大のミュージシャンは「サッチモ」と呼ばれたトランペットのルイ・アームストロング。他にも「最初のジャズ・ミュージシャン」ともいわれるコルネット奏者のバディ・ホールデンや同じコルネットのキング・オリヴァー、ラグタイムを発展させ、ジャズの礎を築いたといわれるピアニストのジェリー・ロール・モートンなどがいますが、残念ながら現在残されている音源は僅かで、ジャズ草創期の全貌が解明されない一つの障壁になっています。 ジャズで最初の録音もこの時期。1917年、ニューオーリンズ出身の白人5人組バンド「オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド」だったといわれています。. More ジャズ・ヴォーカルの誕生 videos. 究極の「ジャズ歌」名盤ガイド 『ジャズ100年』シリーズ監修の後藤雅洋氏による「ジャズ・ヴォーカル」名盤紹介。『一生モノのジャズ名盤500』『厳選500ジャズ. ジャズヴォーカル事始め 譜面作成正統派編 年1月28日 年10月2日 Lucy 2件のコメント ジャズ・ヴォーカルの誕生 Jazz Vocal 、 ジャズヴォーカル事始め 桜子ちゃんの 「ジャズヴォーカルの壁 」からのトラバです。. 「ジャズは大好きだけど、歌うのは難しそう・・・・」なんて思っていませんか?そんなことはありません。 プロのジャズシンガーさながらにライブ感覚で学べ楽しめる ジャズヴォーカルレッスンです。 例えば、楽譜が読めなくても大丈夫です。. さて、それでは、いよいよこうした「ビートルズ・ナンバー」をジャズ・ヴォーカリストたちが歌うことの意味を考えてみましょう。 第33号「ナンバー・ワン&ミリオンセラー・ジャズ・ヴォーカル」でも触れましたが、1960年代、まさに今回の主人公ビートルズのアメリカ上陸でジャズ・シーンは一変させられます。レコード会社、ジャズ・クラブが揃ってロックへと鞍替えを始めたのでした。 その経済的影響をもろにかぶったのがジャズ・ミュージシャンたちでしたが、ロック旋風を逆手にとった「便乗商法」も当然登場します。もちろん主導者はレコード会社で、ジャズ・ミュージシャンたちは「お仕事」としてビートルズ・ナンバーを扱うケースも当然あったことと思います。 他方、ジャズ・ヴォーカリストは昔から他人が作った楽曲を歌うケースが大半なので、私たちが想像するほどには「抵抗感」なく、半ば冗談ですが、いわば「仇敵」の音楽を逆手にとって自己主張するしたたかさもあったのです。というか、もともとが雑種融合音楽である「ジャズ」は、こうした「逆風」には思いのほか強いのですね。 こうした視点に立てば、今回のジャズ・ヴォーカリストが歌うビートルズ・ナンバーの特集は、基本的に第22号「ジョージ・ガーシュウィン」や第32号「コール・ポーター」と同じシチュエーションと考えていいでしょう。要するに「スタンダードを歌う」ということですね。 別の観点からいえば、まずブロードウェイ・ミュージカルで使われた楽曲が定番化し、「スタンダード」となり、時代の変化に伴ってハリウッド映画の主題歌・挿入歌などがスタンダード・ナンバーの仲間入りをします。そして60年代以降は、ビートルズに代表されるロック・ミュージックが新たな「スタンダード供給源」となった、ということなのです。 と、大前提に立ってのうえですが、やはり「ビートルズ・ナンバー」には従来の「スタンダード」とは違う要素があるように思うのです。それぞれの楽曲がもつ色合い、個性、力強さが圧倒的なのです。今さらながらこれにはちょっと驚かされました。 私はポピュラー・シンガーとジャズ・ヴォーカリストの違いを、前者は「曲中心の魅力」、後者は「個性表現が重要」という言い方で大まかな区別をしてきました。しかしながらビートルズは楽曲の魅力とジョン、ポールといったリード・ヴォーカリストたちの魅力がじつに有機的に融. ・ SPECIAL FEATURE 後藤雅洋 ビートルズ・ジャズ・ヴォーカル 新しい“スタンダード”の誕生 ・ (CD)Commentary 『CD曲目解説』 後藤雅洋 歌に表れるさまざまなビートルズ観. ジャズのスタンダード・ナンバーを中心に基礎から丁寧に指導します。課題曲を全員で歌った後一人ずつ歌い、3ヵ月で5曲を練習、最終回にはその中で得意の1曲を披露します。今までただ聴くだけで楽しんでいたジャズを、少し意識を変えて自分が参加し歌う側に立ってみましょう。(講師・記.

彼らの動きに触発されたのか、1970年代前半以降、多くのミュージシャンたちが従来の「ジャズ」のイメージを塗り替えるような「ジャンル融合的」アルバムを生み出しました。その代表が、「クルセイダーズ(ザ・クルセイダーズ)」でしょう。1961年のデビュー時には「ジャズ・クルセイダーズ」と名乗っていたのですが、71年に「ジャズ」の文字を取ってしまったのですね。まさに時代の空気を象徴する出来事でした。 そして73年にギタリスト、ラリー・カールトン(今号にフォープレイのメンバーとして収録)が加わったアルバム『スクラッチ』(ブルーサム)で、シーンに名を知られる存在となったのです。その後、カールトンらが脱退するなどメンバーの変化がありましたが、ランディ・クロフォードをゲスト・ヴォーカリストに迎えた79年のアルバム『ストリート・ライフ』(MCA)の大ヒットで、一躍スター・グループの地位を得たのでした。. ジャズの誕生 (1900年頃~1920年代前半). 第499回日経ミューズサロン 8月17日(月)小林桂(ジャズ·ヴォーカル) ザ·ベスト·オブ·ジャズ·スタンダード ~小林桂クインテットが贈る珠玉のジャズ·スタンダード~. 現代ジャズ入門|女性ジャズ・ヴォーカル おすすめ作品 12選 /4/5 /6/21 69,204 views シェアする. つまり1980年代当時はまだ見えていなかった“フュージョン”の可能性が、現代ジャズにおいて顕在化しているのです。こうした現象をもっと巨視的に眺めると、40年代半ばに始まった「モダン・ジャズの時代」が終焉を迎えたことと関係があるのです。 天才的アルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーから始まった「モダン・ジャズの時代」は、パーカーのサイドマンだったマイルス、マイルスのサイドマンだったコルトレーンと受け継がれ、「ジャズ黄金時代」と呼ばれた50~60年代のジャズ名盤大量生産の時代を迎えました。そのイメージは強烈で、多くのジャズ・ファンのジャズ・イメージはこの時代の演奏によって作られているのですね。 それが60年代末のマイルスのエレクトリック・ジャズで終焉を迎え、その動きに触発されたマイルスのサイドマンたち、ザヴィヌル、チック、ハンコックらの新作が“フュージョン”の動きを加速させたのですが、このムーヴメントは、今になってみるとパーカーに始まった即興第一主義、ソロ重視の転換でもあったのです。 そしてその代わりにサウンド重視、チームの音楽が登場したというわけです。この変容を別の面から見ると、「芸術音楽としてのジャズ」から「大衆音楽としてのジャズ」への転換でもあったのです。.

。 そして、こうした音楽ジャンルを横断したようなジャズ・アルバムは、そのころから急増しだしたのです。それもデオダートのような、当時はまだ無名に近いミュージシャンではなく、ともにトランぺッター、マイルス・デイヴィスのピアニスト、キーボード奏者を務めたジョー・ザヴィヌル、チック・コリア、ハービー・ハンコック(太字は今号に参加曲を収録したアーティスト)といった大物ジャズマンたちの最新アルバムが、当時は揃って「異色作」とみなされたのでした。 71年の、ザヴィヌルとやはりマイルスのサイドマンだったサックス奏者のウェイン・ショーターによる新グループ「ウェザー・リポート」(のちにベーシスト、ジャコ・パストリアスが所属)の第1作『ウェザー・リポート』(コロンビア)、72年のチックの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(ECM)、そして73年のハンコックによる『ヘッド・ハンターズ』(コロンビア)といった作品がその典型です。. では彼らの魅力とはいったい何だったのでしょう。ジャズに即していえば、ビートルズとジョージ・ガーシュウィンやコール・ポーターの違いといってもいいでしょう。その第一の要因は彼らが「シンガー・ソングライター」であったことだと思います。 歌手が自作曲を歌う、今ではごくふつうのことですが、前述のようにジャズ・ヴォーカリストはあまりそういうことをせず、また、ポップス、ロック畑でも、1960年代まではごく一部のミュージシャンしか「自作自演」はしなかったのです。自分たちが作った楽曲を歌えば個性が出せるのは当然ですが、作曲能力と歌唱能力を兼ね備えた人間が稀なのは当然でしょう。ビートルズはその「稀な人たち」だったのですね。 このことをジャズ・ヴォーカリストの側から見れば、「二重の縛り」となります。早い話、ガーシュウィンやポーターは歌手ではないですし、彼らの「身代わり」で歌ったブロードウェイの歌手たちの歌を聴いた人々は、今では明らかに少数派です。つまり、ガーシュウィン、ポーターに代表される伝統的スタンダードは、「比較されるべきオリジナル歌唱」のイメージを、今やほとんどのジャズ・ファンはもってはいないわけです。 ですから「比較の対象」は同業の他のジャズ・ヴォーカリストたちということになり、そこが私たちジャズ・ファンの聴きどころでもあったのですね。まあ、これはフェアな勝負といっていいでしょう。 他方、ビートルズ・ナンバーともなれば私たち団塊世代はいうまでもなく、少なくともその下十数年ぐらいまでの世代の方々は、ジョンやポールの個性的なオリジナル歌唱のイメージを色濃く刷り込まれているのです。ということは、作曲者の個性が色濃く出ている他人の楽曲で自分の個性的魅力を発揮しなければいけない困難だけでなく、その「オリジナル歌唱」との比較を否応もなくされる「二重の困難」というわけです。これはどうしたってオリジナルが有利でしょう。 そしてその二重の困難にどう対処したのか、というのが今回の特集の聴きどころでもあるのですが、ほんとうにそのやり方は多種多様なのですね。この「多様な解釈」というか「対処法」のありようがじつに興味深いのです。 つけくわえれば、彼らがグループであったことも非常に重要な要素だと思います。それも、ビートルズ以前のイギリスの人気バンド、「クリフ・リチャードとシャドウズ」のような、リーダー. ジャズヴォーカル 音楽 CD 通販の通販ならAmazon.

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ジャズ・ヴォーカルの誕生

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